木村康人の
Millennium地球一周旅行記

= ヨーロッパ編・1 (2000年7月8日〜7月12日) =



Cheers!



HAMBURG & LUBECK, Germany 7月8日土曜日曇り一時雨 「木村康人大空に舞う?! その2」

  おぉー!走ってる走ってる。メルセデス、BMW、アウディ、オペル、フォルクスヴァーゲン・・・。念願のドイツについに到着。が、しかし! う゛〜、石畳のせいでスーツケース運びづらい・・・これだからな、ヨーロッパは。
  ハンブルクはドイツ第2の大都市である。当然訪れる名所も多い。この日も僕は限られた時間を使ってUバーンやSバーンを足にあちらこちらを見て回った。典型的なジャパニーズ・ツーリストと思われるかもしれないが、ただのツーリストに成り下がりたくない的な野心が僕にはあるので、ただ場所を訪れるのではなく全てこの目で見て体験しないことには納得できない。バンジージャンプの会場をテレビ塔で見つけたのもそんな経緯による。当然僕はこのタワーの展望台に上りに行ったのだが、まさかこんなところでバンジーに出会えるとは!何とか飛ばせてくれないものだろうか?!シドニーでの悔しさが冷め切らぬ僕は、意地でもこの雨したたり降るハンブルクの空に身を投げ出したいと思った。バンジーは僕の最大の興味ではないが、せっかくお目にかかったのだから仕方が無い。バンジーは天候が悪くてもOKな英国紳士的運動(チャイ語か?)っぽいし、さっそくトライ。その辺のドイツ人なら体重制限に引っかかるかもしれないが、オレにはそんな心配無縁だぜぃ。変な自信ともいえぬ自信に身を託し列に並ぶ・・・ところが!かなりの人気に付け加え事前の電話予約が必要だということが、つたないジャーマンスピーカーの僕でも理解った。
  「・・・しゃーない、あきらめるか。」
  塔の上で眼下の街並み&バンジーを鑑賞してからその場を後にする。スカイダイビングはおろかバンジーまで達成できなかった自分。
  「なんだかなぁ〜。」
  いやいや決してそこまで落胆した訳じゃないけれどこの借り(?)は地球のどこかで決算するぞ、とひとり思う。今はそれより盛りだくさんの今夜と明日が楽しみだ。

  
  【おんがくびと】 in Germany
  
  皆さんの中には、なぜ僕がわざわざドイツ→ノルウェー→ドイツと旅するのか疑問に思われた方がいらっしゃるかもしれないのでお答えしよう。実はシュレスビヒ・ホルシュタイン音楽祭の開幕コンサート、ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送(NDR)交響楽団によるブルックナーの交響曲第8番のチケットが取れたためこのようなスケジュールになったのだ!巨匠ヴァントは現在88歳、世界最高齢指揮者の一人。彼がアメリカや日本で客演することはかなり稀有と言えるなので、この機会を何としてでも逃すまいと思ったわけである。会場はハンブルク中央駅から電車で30分ほど北に行ったところにあるリューベックのコングレス・ハレ。僕は浮き足立つ思いで電車に乗り込んだ。
  期待通り大変素晴らしい演奏会だった。まずオケの実力に感嘆した。マエストロとの相性は絶妙だし、一糸乱れぬアンサンブルと並行して重厚なドイツ・サウンドを聴かせてくれた。ヴァントのブルックナーはやはり凄まじい。その音楽レベルは余りに高くて、言わば手の届かぬ域の再現芸術を見せつけられたという感じだった。本当に「次元の違い」みたいな、そんなものを実感しながら、まだまだ明るい午後10時過ぎのリューベックの空の下、僕は帰途に着いた。



HANNOVER, Germany 7月9日日曜日晴れのち曇り 「万博都市ハノーファー便り」

  僕は前日の待ち合わせ通り、ハンブルク市から南に200km弱、ICE特急で約1時間20分のハノーファー・見本市駅で同い年のイェレーナと落ち合う。彼女とは実に4年半前振りの再会。留学1年目の冬にNYで出会って以来だ。「お互い顔が分からない」という失態が恐れられたが、それは難なくクリア。彼女が僕のHPの写真を見てくれていたたらしく、ホッと一息である。彼女とはこれまでほとんど連絡らしい連絡を取っていなかったのだが、フランクフルトの南80kmに位置するルートビヒスハーフェンという街に住む彼女は電車で3時間以上という道のりを何のその、この万博会場までわざわざ足を運んでくれた。それぞれドイツの北と南から時間と距離を超えて、二人ともそれまで訪れたことのないこのハノーファーの街で西暦2000年に再会を果たすなんて、なんだかとっても粋でしょ?!しかし久し振りに出会う彼女は昔と随分違ってたかな、やっぱ。メールで読んだ通り髪はロングになってて背も伸びたっぽい(?!)。そんな彼女は現在マンハイム大学で経済を学んでいて、なんと副業でモデルをやっている。あっ、あんま書くと個人情報の流出に繋がりそうなのでこの辺で。いやこれ深刻よね、マジで。とにかく4年半という時間の重みを感じるけど、そんなこと全然忘れて僕とイェレーナは丸1日万博を満喫した。これは信じがたいことにドイツ初の万国博覧会。しかしながら日本でも報じられていたようにやはり客足がイマイチ・・・僕らにとってはこれはどちらかといえばありがたい話なんだけど。実は入場料も当初より値下げされたらしく、学生料金でDM45(1ドイツ・マルク=約53円・2000年7月7日現在)だった。
  万博の内容について触れておくと、とりあえず日本人観光客がこれほどまでに(つまりいることはいる)少ない場所に来たのが始めてなのはすこぶる良かった(バタム島を去る直前にジャパニーズサラリーマンのグループを見かけたのはもはや不幸としか言いようがない←自分もそのジャパニーズツーリストの一人であることをすっかり忘れている木村君)。モナコ公国よりも広いという会場はゴミゴミしてないしビールも安くて美味いし、最高!ただイェレーナとも話したけど、日本館がイマイチだったのはちょっとな〜。先進国の中でも最も資源の再利用が進んでいるこの国で、しかも同じようなテーマのパビリオンがすぐ近くにあるのに関わらず、日本館=木と紙で作ったパビリオン+内容は自然保護。はっきり言ってここを訪れた人たちは「ヘぇ〜、日本人もようやくリサイクルに目覚めたか。」ってくらいにしか思わないんじゃないの?! モナコ館やアラブ首長国連邦館みたいに観光アピールに走れとは言わないけど(とはいえUAE館のオリジナル・コーヒーや水タバコはウケた)、もう少し日本の独自色(竹だとか畳とかでも不十分でしょう。やはり内容だね)を打ち出したものを提供してほしかった。無念。日本の恥。だって、はっきり言ってドイツ館はスゴかったんだもん! かなり金注ぎこんでるし、何よりセンスが良いね。今回はドイツに完敗だ。昨日ワールドカップ2006の開催国に決まって活き上がるドイツ、いと素晴らしき國かな。2005年愛知万博での日本の奮起を期待したい。僕は環境を犯さない限りこういうのには賛成派。だってやっぱ感動するし楽しいもんね、こういうの。僕はイェレーナと次回の愛知万博での再会を約束し、彼女を見送ってから再び北の都ハンブルクへ。明日はいよいよ北欧へ飛ぶ。


Jelena and Yasuto


次は・・・木村康人北欧初上陸!


OSLO, Norway 7月10日月曜日曇りのち雨 「白夜の国から」

  ハンブルク空港からめちゃくちゃ小さなルフトハンザ機に乗ること1時間半弱で、僕はオスロのガーデモエン国際空港に到着。木をふんだんに使ったターミナルがとっても印象的な空港だ。僕はブリンヤーに言われた通り空港駅から日本顔負けのカッコよい電車で彼の住むアステルという郊外の都市へ向かった。ブリンヤーはトランペット吹きで、この5月まで同じマネス音大で学んでいた。ちなみに彼と僕はマンハッタンはアッパー・ウエスト・サイドの同じアパートに住んでいる。
  彼と駅で再会し、さっそく車で彼の実家に連れて行ってもらった。着いた先はやはり木造の豪華なお家だった。高台にあるのでリビングからは遠くにオスロの街並みも窺える、といった具合。今日から4日間この家にお世話になることになっている。電話線の不具合のためドイツでは不可能だったインターネットに接続させてもらい、溜まったメールの処理(失礼)やHPの更新を行う僕。その後昼食にノルウェーの伝統的な家庭料理というのを頂いた。何とかプディングという「とろろに砂糖をかけて食べる」みたいなやつと、ブルノストっていう茶色い山羊チーズだ。これらはかなり癖があって、お腹を壊すゲストもかなりの数いるらしいが、僕は確かに少々腹痛をもよおしたものの全然大丈夫であった。それどころか意外とイケルのでノルウェー人顔負けに食べまくってしまった僕。これまでマレー料理などに鍛えられた成果がここに来て発揮! 夜(といっても明るいが)は、教会での本番演奏を水曜日に控えているというのにも関わらずブリンヤーが親切にもオスロ市内をいろいろ案内してくれた。
今回のは久々にのんびりできそうな国である。そんな気持ちに満たされとかく心地よい僕は、未だ空の薄明るい深夜、床についた。



OSLO, Norway 7月11日火曜日曇り時々晴れ 「フィヨルドの国から」

  今日はブリンヤーの両親が車(Mitsubishi)でフィヨルド観光に連れて行ってくれた。
  全走行距離750km。ノルウェー最大のフィヨルド、ソグネフィヨルドは遠かった。行く先々で未だ雪が残っている。驚き。そしてフィヨルド自体の巨大さ、ノルウェーの雄大な自然を肌で感じ、僕は久々にシャッターを押しまくった。これだけ見知らぬ国を旅していていて目新しい物にぶつかることに全く慣れきってしまっていた自分だが、今回目にする大自然は違った。それは何よりも大きな存在に思えた。これまで都会ばかりを旅してきたからであろうか、
車道に群れなしてる山羊なんてのを見ちゃったときなんか、めちゃくちゃ心があらわれる(これには度々遭遇した)。ノルゲ(ノルウェー語で「ノルウェー」の意)は日本とほぼ同じ面積という国土を持つが、人口はわずか444万人。これは日本全土に名古屋市民+京都市民しか住んでいないのに等しい。いかに人口密度が少ないか、ということがご想像いただけよう。オスロも人口50万、これが一国の首都かというような可愛らしい街である。こういうところに生活している人々の様子を知るだけでも今回の旅は有意義なものだと言えるのかもしれない。それにしてもこの国、油田を持ってるくせに何でまた日本よりもガソリンが高いのだろう。国民は誰も疑問に思わないのだろうか。不思議だ。ま、その分社会保障が進んでいるというのは手にとって分かる。クソ重いスーツケースを運んでいると、街がいかに親切にできているか実感できるのだ。もちろんこれだけの税率、アメリカなら大暴動が起きるに違いないがね。これもひとつの国民性だろう。


Sorg Fijord - Norway's Largest Fijord



OSLO, Norway 7月12日水曜日晴れ 「バイキングの国から」

  今日はブリンヤーと一緒に半日市内観光。ムンク美術館に立ち寄る。お目当てはもちろんムンクの「叫び」。ルーブルのモナリザみたくちっこいくせにお高くとまってるのかと思いきや、あまりに申し訳無さそうに展示されてあったのでちょっと拍子抜け。フログネル公園や国立劇場などの名所はとりあえず抑えて、今日も目抜き通りのカール・ヨハン通りをアイスを食べながら歩く。
  夜はブリンヤーの演奏があるドラメンという小さな街の大きな教会へ。ブリンヤー曰く、この街はノルウェー第7の人口を誇る都市だという。といっても総人口はわずか6万足らずなのらしいが、日本で人口第7位といえば140万都市の京都市にあたる。そりゃ日本はゴミゴミするわけだ。教会ではとってもリラックスして音楽に浸れた。神父さんが何喋ってるのかは「アーメン」以外120%分からなかったが。当然その後は彼とその友人の音大生らと一緒に「飲み」。7月中旬とは想像もできないほど涼しい川辺のバーで口にするノルウェービール、これは筆舌に尽くしがたいッス。夜11時過ぎてもまだまだ明るいので時が経つのも忘れてしまう。いつか是非再訪したい国、ノルウェー王国での最後の夜はこうして過ぎていった。 


With Norwegian Music Students



ここからは・・・木村康人独再入国編




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