木村康人の
Millennium地球一周旅行記

= 東南アジア編 (2000年7月3日〜7月7日) =





The Petronas Twin Towers, Kuala Lumpur



KUALA LUMPUR, Malaysia  7月3日月曜日晴れ時々曇り 「KL・マレーの都から〜建築批評〜」

  「サービス世界一」で名高いシンガポール航空で飛ぶこと約8時間、シンガポールのチャンギ国際空港に降り立った僕の第一声。
  「マジでデパートみたいな空港やな。
  いや、ただデパートチックなだけではなく、このチャンギ空港は世界に誇る設備でその名を轟かしているのだ。
  「ここはまたゆっくり来よう。」
  わずか45分(それ以下か?)というトランジット時間で今度はマレーシアの首都クアラルンプール行きの便に乗り換える。シンガポール航空は、正直言ってまあこんなもんかといった感じだったが、とりあえず
チャーハンはかなり美味だった。あとクアラルンプール便はビジネスクラスの席を用意してもらえたし(といっても1時間に満たないフライトだから全然関係ないけど)、客室乗務員はやはりナイス。何がナイスか、詳しくは木村康人のエッセイ集われおもふで。
  クアラルンプール国際空港はこれまたスゴイ空港だ。黒川紀章(きしょう)先輩がデザインしたらしいが、とりあえずバカデカい。お店などの規模はチャンギに比べると微々たるものだが、独特の雰囲気がこれまた味わい深くて・・・。それにしても今回の旅はできたばかりの空港を利用する事が多いなー。羽田のビッグバードに関空然り、ここクアラルンプールのKLIAも築2年程だし今度行くオスロ・ガーデモエン国際空港もまた2年前に完成したばかりの新空港だ。名古屋空港の国際線ターミナルもまだ2歳ぐらい。ちなみにシドニーとラガーディア、フランクフルトは
今回しんがりを争うであろう三大ボロ空港だね。まあこの辺は全てターミナルによるんだけど。
  だが、ここKLIAの難点は市街地から遠いこと。そりゃ成田ほどじゃないにしても、都心から約70kmというのは世界の常識的に考えれば大した距離だ。たった2泊という限られた時間を有効に活かすため、僕は迷った末とりあえずタクシーでホテルまで
かっとばすことにした。これが後から考えると大正解。実は空港バス等を利用すると途中で乗り換えも必要で、正味1時間半から2時間はかかるのだそうだ。空港タクシーはチケット制なのだが、往復で購入するとかなり割安になるし、なんといっても130km/時でマレー半島のハイウェイをぶっ飛ばしていくのはかなりの快感だった。結果的に夕暮れ前にKL市内に到着(といってもKLは赤道にかなり近いため夕焼けらしい夕焼けは存在しないのだが)。
  ここKLは、正直言って僕が今回観光で訪れる都市の中では最も興味を持っていた所。何といっても
高層マニア(また出た)の僕にとってこんなに魅力的な街はそうそうない。マレーシアは、熱帯気候をなんとも思わなければ立地的に超高層建築に素晴らしい条件を備えている。インドネシア等と違って大陸プレートのほぼ中央に位置するため大地震はほとんどないし、モンスーンが冬はボルネオ(カリマンタン)島、夏はスマトラ島に遮られるため気候がそれ程大荒れすることもない。地盤の問題さえクリアすればスカイスクレーパー作りにかなり適した国なのではなかろうか(以上素人的考察)。目標だった世界一高いビル、ペトロナス・ツイン・タワーの周辺は明日ゆっくり見て廻る事にして、今夕はとりあえず高層建築世界第10位の高さを誇るメナラKL(通称KLタワー)の展望台を訪れることにした。ここの展望台は最大1時間しか展望が許されないのだが、先程も述べた赤道地域ということを利用して僕の昼→夕(夜)の両方の景色を一度に見てしまうという計画がまんまと成功した。
  クアラルンプールの夜景は、今まで僕が目にしてきたそれとは若干様相が異なっていた。まずあれだけ高層建築が乱立しているのに、それほど光の量を感じない。建設中のビルが多いのは理解の範囲内としても、恐らく稼動前のビルやテナントのそれほど入っていないビルが相当数あるのだろう。あと目立って個性的なネオンサインも特に見られないし、オフィスでも使用されている蛍光灯も多くはそれほどぎらつかず(欧米のものとはまた違うっぽい)薄いオレンジ色の比較的柔らかい色を放っている気もした。街灯もそんな例に漏れず、極めてストイックに必要量の光のみを供給しているような感じ。摩天楼が周囲の熱帯雨林に溶け込んでいるといった、僕的にはそんな不思議な夜景に映った。話は変わるがペトロナス・ツインタワー(452m)は
とにかくどデカい。KLタワーは丘の上に建っていることもあって実際の421mという高度以上の高さ(展望台は地上276m)を感じさせる塔だが、ツイン・タワーはそれの更に上をいっている(問い2.「ペトロナスタワーが海抜0mに建つと仮定し、ペトロナスタワー頂上部とKLタワー展望台の高低差が126mだとする。このときKLタワーの建つ丘は海抜何m? 」)。このビルの最上階に展望台が無いことがとっても惜しい!!うわさによると政府御用達の貴賓室なのらしいが、誰か入れてくれないかな?!ま、それは明日考えるしよう。ブキッ・ビンタンというこれまた繁華街に宿を構えた僕。床につく。


Petronas Twin Tower - World's Tallest Building



KUALA LUMPUR, Malaysia
  7月4日火曜日曇り 「本日米国独立記念日」

  KLの第一印象。シドニーではインターネットカフェがやたら沢山あったのが印象に残ってる一方、KLのそれに近いものに携帯電話屋がある。こっちの人の話では携帯はまだまだ高価なものなのらしいが、実際のところ随分普及しているっぽい。アメリカやフランスもうかうかしてられませんなー。
  バンコクほどじゃないだろう、しかしとにかく排ガスが凄くって大きな道路沿いを歩いてると目が痛くなるくらいだ。車もマレーシア人曰くかなり税金等が高いらしいが、それでもかなりの自動車が走っていることも事実。そのせいか晴れた日でも青空は無くどんよりしている。
  やはりマハティール政権下で安定した急成長を続ける優良国マレーシア。街には至る所に新築高層ビルの建設作業が急ピッチで進められており、近年開業予定のモノレールの高架も生々しい。米国ではインディペンデンス・デイで大忙しであろう今日、僕は電車でペトロナス・ツインタワーのあるKLCCへと向かった。
  「おぉー、外装のステンレスがめちゃまばゆい。これが世界一のビルヂングか!」
  ところで、結成されてまだ3年のマレーシア初のメジャー・オケ、マレーシアン・フィルハーモニック・オーケストラ(MPO)のフランチャイズはこの2つのタワーのふもとに堂々と陣取っている。僕はさっそくボックスオフィスへと向かった。ボックスオフィスの華人の人と仲良くなって色々話をする。どうやら明日の夜MPOの室内オケ・コンサートがあるらしい。ボックスオフィスのモニターにはリハーサル中の舞台が映っている。音は聴こえないのだが、どうやらバッハか何かのバロックものっぽい。とりあえずビックリしたのは、2階席最前列のチケットがわずか10RM(マレーシア・リンギット。1RM=約31円)というのと、なんとプログラムが演奏直前まで発表されないということだ。いったい何のために?!普通の定期演奏会になると話は別らしいが、いたって興味深いではないか。ホールも比較的小規模ながらかなり素晴らしそうだし、僕はとりあえずチケットを予約した。最長3日間座席をホールドしてくれるのだそうだ。ただ一つ、問題は明日のシンガポールへのフライト。僕の飛行機は16時55分発、そしてコンサートは18時から19時。夜遅いフライトに変更可能がどうか後ほどトライすることにして、僕はその場を後にした。
  さっきのボックスオフィスの人によると、ペトロナス・ツインタワーのブリッジ部分までは無料で登れるらしい。このビルはやたらと警備が厳しくて、当初のビル潜入計画は断念せざるを得なかった。ちなみに二つのタワーを結んでいるこのブリッジに登れるのも1日に4回と決まっていて展望時間は10分限り、しかも定員制のため事前に配布される整理券が必要だった。とりあえず整理券をもらいに指定の場所までみる。ところがまだ配布予定時間の1時間半前だというのにすでに人だかりが。この調子では短時間のうちに長蛇の列に発展するに違いない。しかしこの人たち、平日の昼間っぱらから何やってんだろ。働けよ。というわけでこの日の市内観光の一部は明日にまわして今は列に並ぶことにする。
  ひたすら待つこと1時間少々、ようやく午後3時の入場整理券を手にした僕。景色も見たし満足x2。その日はKLCC一帯の他にムルデカ・スクエア(独立広場)やチャイナタウにあるマレーシア最大のヒンドゥー寺院を訪れたり、モスクで靴の脱ぎ場が分からず怒られたり(!)、とにかく市電3路線を乗りこなしつつタクシーも駆使した上に、何十万歩費やしたかというほど市内をくまなく歩き回った。忙しくも充実した熱帯都市での時間を過ごせたと思う。しかしマレーシアの人はみんな人懐っこいし温かい。一人旅をしているとこういう街に惹かれるものだ。途中入ったお店で何人か友達もできたし、まぁこんな独立記念日も宜しいかと。


Philharmonic Hall of Kuala Lumpur



KUALA LUMPUR, Malaysia & SINGAPORE  7月5日水曜日晴れ 「超清潔都市」

  この日は午後2時頃まで市内観光の続きで国会議事堂や国家記念碑、国立モスク等のあるレイク・ガーデン地区を散策した。ここにある国立プラネタリウムも訪れたのだが、やっていたのは空を飛んでる視線で世界と人類の歴史を巡るみたいな、どこにでもある類の映画で観客は総勢5名(笑)。どこかで見たかもしれないと思ったら、やっぱりiMaxの焼き直しだった。しかし何でここまで来てマンハッタンやナイアガラの滝の映像を見なあかんのじゃ?!本音言うと普通に星空映して欲しかった。もちろん赤道の夜空を。ま、なんだかんだ言ってクソ蒸し暑い外界から逃避するという意味で有意義な時間を過ごした僕は、公的資金投入問題で揺れるそごうのKL店等があるまだ行き残していたトゥンク・アブドゥル・ラーマン通り界隗を通って、ホテルのあるブキッ・ビンタンへ戻った。結局シンガポール便はどれも満席で予約変更ができず、結局大事を取ってマレーシア・フィルの音楽会は断念する事になってしまった僕。たった30セントのチケットとはいえ、誰かに席を譲るためMPOのホールにちゃんとキャンセルの電話を入れる。ちょっと後ろ髪を引かれつつもそのまま空港へと向かうのであった。
  ところでオーストラリアや東南アジアは、あの懐かしのココア風ドリンク、Nestleのミロが今もなお健在なのが嬉しい。僕は空港マレーシア最後のミロを飲もうと思い立つが、ここで大事な事実に気が付く。
  「あ、お金!」
  なんと!現金をわずか2リンギット(again, 1RM=\31)少々しか持っていなかったのを忘れてた・・・。空港のミロはRM4。やはりエアポート物価はここでも例に漏れず下界(?)よりも高騰している。
  「おばちゃん、カード、No?Ayah?」
  「No, not for Milo, aiyah!」
  マレーシアの英語は文頭や語尾につく「アィヤ〜」って聞こえる方言が味わい深く何とも言えない。それはともかく、カードがだめとなってはこれはもう最後の手段しかない。僕は、覚悟して1米ドル札2枚を右手に掴み、そのままおばやんに手渡す。
  と、数秒後。僕は冷たく冷えたアイス・ミロ1グラスと、お釣りのため手持ちが一気に3倍に増えてしまったマレーシア・リンギットを手にしていた。さすがは伝家の宝刀アメリカン・ダラー、強し!マハティール首相は米ドルに対して固定相場制を導入させたが($1=3.8RM)、これじゃこの国の物価は一生安いままやん。まぁこれも時代と共に変わっていくのだろう。
  「今度訪れる時のこの国は、一体どのようになっているだろう、しばらくその様子を見守っていきたいな。」
  そんな思いを馳せながら、僕は眼下に広がる熱帯雨林の上空を一路シンガポールへ向けて飛んでいくのであった。


  KL−シンガポール間は距離にして300km足らず、東京-名古屋間と同じくらいだ。わずか1時間のフライトで僕はシンガポール到着。ここは世界有数の貿易自由港スィンガポー。到着ゲートでも免税品が買えてしまうという(これは実はスゴイこと)驚くべき街、スィンガポー。国土は淡路島程という人口300万の都市国家、スィンガポー。厳格な教育制度、そして数々の緻密な法律で知られるスィンガポー。僕は乗合の空港タクシー(ちなみにベンツ)で直接ホテル(インターネットで予約済み)へ、ウェルカムtoスィンガポー。このとき乗り合わせた人たちとの会話。
  日本人ニューヨーカー「しかしこんな街作りが、よくもまぁ可能やね。」
  シンガポール人運ちゃん「人がチューイング・ガムを買う費用は極めて低い。しかしそれの駆除にかかるコストは莫大なのだ。」」
  デリー出身インド人「この国おらがの町よりちっさいさ、こういう政策ができるんだべよ。」
  ジャカルタ出身インドネシア人カップル「それだけが理由っちゃうんじゃん、あんた。」
  そんな感じで和気あいあい(?)とタクシーはいやに人口的なハイウェイを進んでいく。僕はその間、本当にゴミが落ちていないのかどうかチェックしていた。結局空き缶2つを側道に大発見。でもこの街の小奇麗な印象は鮮烈に網膜に焼きついた。そう、この街は超潔癖症都市スィンガポー。面白い(というか厄介な)法律の一例としてこんなようなものがある。
  チューイング・ガム類は一切禁止。20g以上の麻薬所持者は死刑(マレーシアも同様)。アブノーマルなSEXは終身刑。ゴミやタバコを道端に捨てたりしてはいけない。またつばを吐いたりしてはならない(高額な罰金)。マレーシアへ車で渡る際はタンクに4分の3以上ガソリンが残っていなければならない(高額な罰金)。ヘッドライト点灯は午後7時(罰金)。切符購入後は一定時間内で電車を乗り終えなければいけない(罰金)。電車内で切符をいじくってノイズをたててはならない(罰金)、などなどなど。でも実際のところ外でタバコ更かしてる人は結構いるし、道端に絶対にゴミが落ちていないという訳ではない。僕はシンガへ来たらまず名物マーライオン像を見に行くとさっき飛行機の中で決めたので(じつについさっき)、街をじっくり見るためにも僕はとりあえずホテルのあるクラーク・キーからシンガポール川沿いにマーライオンまで徒歩で行くことにした。
  「なんて道路の渡りにくい街だ!」
  とにかく初日から罰金の恐れのある信号無視とか横断歩道上以外の横断とかはしたくないし(ところが、これもしている人は思ったよりいる!)、とりあえず一度正直に歩いてみた。ところが、これにニューヨーカー思わぬ大苦戦!信号が変わるのはやたら遅いしあちこち工事中だし、熱帯気候の蒸し暑さのせいもあいまってめちゃくちゃ体力を浪費してしまった。きっとここ、ジョークの通じない街なんだろうな。さっきのタクシーの運ちゃんやホテルのフロントの人を思い出した。
  「これって不健康なんじゃない?!」
  そんな要らぬ心配だってしてしまう。だってここはスィンガポー。予想以上の時間をかけてようやくマーライオン像まで辿り着く。スィンガポーの誇る半獣半魚マーライオンの像は、何を隠そう世界三大ガッカリの一つ。なお他の2つは俗にブリュッセルの小便小僧とコペンハーゲンの人魚姫と言われる。ま、僕は「どのくらいガッカリなのかなー」という偏った興味しか持ち合わせていなかったためか、思いのほか感動していっぱい写真を撮ってしまった。しかしやはり蒸し暑い!クアラよりも海風がある分いくらかマシのようにも思うが、とにかく暑い!!フェアカードを買って地下鉄に乗り、さっさと帰途に着く。周囲の人みんながマジメ人間に見えてくる。僕は初日にして絶対この街には住めんな、とふと思った。明日はどうしよ。こうなったらやるっきゃないか、スィンガポー。よし!


次回、木村康人南国の小島へ!


NAGOYA - Batam Island, Indonesia  7月6日木曜日晴れ 「赤道直下、南国の小島を訪ねて」

  そこは赤道直下、正に南国の小島。シンガポールから船で30分強というこのインドネシア領のバタム島にNagoyaという島内で最も栄えた町があるらしく、とりあえず今日半日そこを訪れてみることにした。シンガポール南端のワールド・トレード・センターから出国し、丁度太陽が脳天上に南中する頃に僕はバタム島に降りたった。とりあえずナゴヤまで行く交通手段を見つけようとしたが、どうやらタクシー以外に手頃なものはなさそうだ。とりあえず港の出口のタクシースタンドみたいな所で交渉する。Nagoyaまでは片道10シンガポールドル(1S$=約¥63)均一だそうだ。ちなみにチャーター3時間は$30。港と町を往復することを考えればこちらの方が割安感があるし、何よりこのクソ暑い島を歩き回るのも予想以上に体力を消耗しかねない。というわけでとりあえず値切ってみる。が、どうやら一杯いっぱいっぽい。後ろに人も大勢並んでるし時間ももったいないんで、仕方なく$30で手を打つことにした。すぐに車まで案内される。この時が、インドネシア・バタム島出身タクシードライバー、クロバとの出会いであった。
  タクシーは、メルセデスだったシンガポールとはえらい違いでマツダの実に80年型(「80年代」ではない)いやそれ以前と思われる程のボロ車だった。途中エンストはするし、何せオンボロでエアコン仕様なのが有り難くも信じられないくらい。しかもフロントグラスにはイスラム教の経典の写しと思われる謎の紫色ステッカーが貼ってあり、もともと薄汚いガラスも手伝ってやたら怪しい雰囲気をかもし出している。それでもこの1日孤島旅行が楽しく過ぎたのはクロバのお陰だ。彼はイスラム教徒の30歳、一人の奥さんと一人娘がいて家族でこの島に暮らしている。一つ付け加えておくと、実は彼は英語がからっきしダメで、この程度のインフォーメーションが分かっただけでも奇跡に等しいだろう。僕自身ここまでボディ・ランゲージを駆使しまくったのは過去に記憶がない。とりあえず僕は彼にナゴヤまで行きたい旨伝える。クロバは終始「どこに行きたいんです?」みたいなことを言ってくるがこっちは特に目的地らしい目的地はないので、まずは町の中心を適当に一周してもらい僕が指を指したところで止まってくれるように頼んだ←もちジェスチャーで。まぁ、島での目的が無かったかと言えば必ずしもそうではなく、一応行きの船の中でインドネシア版ナゴヤの存在の証拠となる写真&絵葉書&Tシャツの3点セットを手に入れることを決心した僕である。クロバを専属カメラマン&マレー語の通訳として町中を探すが、この町は雑貨という雑貨こそあれ、その手の観光客目当ての物は見つかりそうに無い。そうして走り回った挙句、バタム・センターというナゴヤから15分位の町にそれらが見つかるであろうという情報を手に入れることが出来た。早速クロバに連れて行ってもらいブツをゲット。それにしてもここは物価が安い。クロバには褒美としてこの町に1店舗あるマックでコカ・コーラを買ってやる。ちなみにフィレオ・フィッシュのバリューセットは2万ルピアだった(1000ルピア=約12.5円)。やっぱめちゃくちゃインフレしてんなー。マクドナルドがあるだけでもスゴイけど。
  クロバとのお別れの時間が近づいてきた。せっかくお互いの言葉が何とか分かり合えるようになってきたというのに。彼には本当世話になった。最後にもう一つわがまま。
  「君んちに寄ってきたいんだけど、ダメ?」
  クロバは戸惑ったような表情で、まさか冗談だろうと言うような笑みを浮かべた。さすがにそこまでのプライベートに足を踏み込むべきではないな、と僕は直感的に判断した。
  「いいよ。そろそろ港、戻ろっか。」
  
  僕はこうしてバタム島を後にした。僕はこの後シンガポールのセントーサ島というリゾートアイランドを訪れる予定にしていたので、3時間の島内観光というのは結果的に丁度良い時間だった。それにしても不思議な体験をした。「東南アジア」ってのを肌で感じた半日だった。その中で、クロバはすぐ海の向こうに霞むシンガポールすら訪れたことが無いとこぼしていた。彼は今日のように一生に一度しか遭うことのないような観光客に、これからもずっと同じ故郷の島を案内し続けていくのだろう。眩しい太陽は、既に真上を見上げずとも目に出来る西の位置にその高度を変えていた・・・。


Indonesian Nagoya



SINGAPORE 7月7日金曜日晴れ 「東南アジア見聞録・最終章」

  今日は初めて当ても無く街をぶらぶらして過ごした。この七夕の日の主な予定は、敢えて言えば午後2時に予約しておいた足裏&肩のマッサージかな。これは良かったよ〜〜。飛鳥涼や浅野温子、風間トオルらも利用したことのあるお店だが、これが値段も手頃で、また腕が良い!お陰で疲労しまくった足腰も少しは回復した。他にタワーレコードとHMV、あと高島屋にそごう(近く閉店)、ショッピングセンターやモールの幾つかにも立ち寄るだけ立ち寄ったし、あとまだ訪れていなかったラッフルズ・ホテル周辺もくまなく探索した。KL同様、街の見るべき場所は大体見て回った感じだ。それはそれは暑かったけどね。高所の穴場、UOBプラザの37-38階踊り場に行って街を展望してから、荷物をピックアップして午後7時過ぎには空港に向かった。今晩のフライトは午後11時50分。チャンギ空港は世界一遊べる空港だと聞いたからそこでゆっくりするつもりでいたのだ。チャンギ国際空港・・・なんのそれほど感動はしなかったけど、鯉の池には驚いた。空港では電気屋行ってカメラの電池を買ってゲーセンで遊んでテレビを見てシャワーを浴びて、やはりミロを米ドルで買って飲み干して、そんなことをしているうちに時間が経っていった。さらばアジア!また21世紀に。


Yasuto with Mini-Marlion




いよいよ舞台は欧州へ・・・次回木村康人独逸初入国!




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