木村康人の
Millennium地球一周旅行記

= プロローグ&オセアニア編 (2000年6月26日〜7月2日) =



Sydney Opera House



〜Prologue〜 
TOKYO, Japan
 6月26日月曜日〜29日木曜日 「歌舞伎町三夜物語」

  東京からその第一歩を踏み出すこの壮大な計画(自画自賛)は、今春より設定されたスターアライアンスの日本発世界一周航空運賃のお陰で達成にこぎつけることが出来そうです。この航空券、飛行距離29000マイル以内ならなんと32万日本円ポッキリで1年間オープン&ルート変更自由自在なんですよ〜。これのきっかけは僕がドイツ(7/14〜7/23)とカナダ(7/24〜8/12)での音楽祭両方に参加するためにどうしてもルフトハンザの直行便で飛ぶ必要があったという背景があるんですが、そもそも夏休みたけなわという航空運賃のクソ高い時期に片道放棄してまで格安切符買う手間やそれらに伴う精神的苦痛(?)を考えれば、いっそのこと世界一周でもして今まで憧れてた世界各国をいっぺんに見て廻っちゃえ!と・・・。ってなノリで色々ルートを考えた結果がこの旅行でして、ルート変更可能なため詳細はどうなるか分かりませんが、とりあえずオーストラリア→マレーシア→シンガポール→ドイツ→ノルウェー→ドイツ→カナダ→アメリカ→日本という感じで約2ヶ月かけて地球を一周します。指揮の勉強をし方々の友人を訪ね高い所へ登ったり・・・とにかくこの旅行記、盛りだくさんでお届けしていきたいと思ってます。旅先でインターネットに接続できず更新が大幅に遅れることも予想されますが、どうぞヨロシク。
  
  東京は・・・毎晩の如く新宿に出没し久し振りの人間に会いまくってるうちにあっという間に滞在終了。そしてここは羽田空港を飛びたち(横須賀上空、三重県鳥羽市、瀬戸内海を梅雨空の合間から覗きつつ)辿り着いた関西国際空港。それにしてもいつ来てもカッコいい所だ、ここは。
っていうか金使いすぎ!!でもまぁ関空は好きです。何が好きかっていうとデザインとかもそうなんだけどやっぱカートに尽きます。名古屋とか成田、JFKじゃできないんだけど(中部国際空港さん、期待してます!)、ここのカートはキックボードみたいに足で漕いで乗れるんでねぇ。あ、でも良い子は真似しちゃいけないですよ。あと、体格がよろしめな方はそれなりの量の荷物を前に乗っけて頂かないとダメですんで。とはいえ実際これやってる人はほとんどいないんだな〜僕を除けば(苦笑)。最近は視線に慣れました。だって楽しいんだもん(爆)。とりあえず今のところ警備員とかに怒られることも無く、疾走を続けています。ある一定のスピードまでなら彼らも温かい眼差しで許してくれます(、きっと)。
  そんな感じで(どんな?)乗り込んだアンセット・オーストラリア航空、故国に向けたその背中、沈み行く太陽が後押しする。俺はそんなものたちに一瞥し、名残惜しくも真南の方向へと飛んだ。あと、これがブリスベン経由だとこの夕方初めて知った。
そうだったんですか、H○Sの黒田さん?!まぁ、いいです。朝の4時半くらいから1時間半くらい待ちぼうけくらっただけですから(待ちぼうけ〜待ちぼうけ〜♪ by K. Yamada)。それに朝焼けが大変素晴らしかったので忘れます。いやぁしかしアンセットはいいですね〜。これはまたわれおもふに書かなければ。そうこうしてるうちに今まで見たこともない顔をした大地が朝日と共に闇から浮かび上がってくる・・・



次は木村康人南半球初上陸!


SYDNEY, Australia  6月30日金曜日曇り 「Can I dive TO DIE??」

  冬のシドニーは比較的温暖で天気がぐずつきやすいという。そんな例に漏れず、この朝のシドニーもハッキリしない天気だった。強風のため飛行機が着陸が出来ず、到着は当初より45分遅れの午前8時40分。とりあえず泊まる予定にしてたホテルに空港バスで直行。ちょっと早いが空き部屋にチェックインさせてもらいシャワー。そして早速僕はシドニーでの目標の一つであるスカイダイビングの予約をしようと電話をかける。ところが、やはり「地○の歩き方・シドニー」は当てにならず、これは思いっきり間違い電話と化してしまった・・・。仕方なく現地で見つけたSimply Skydive!のチラシを見て電話する。しかしこっちはこっちで
  「予約いっぱい」
なんだって。月曜日には発たなきゃいけないんで何とかならないか!とわがままな念を押したら、 
  「とりあえずオフィスに来い」
という訳で、迷わずその足で電車に乗る。と、いきなり隣りのオーストラリア人お婆ちゃんに道を尋ねられた。
婆「さっきの駅さなんどしたかねぇ?」「つぎはどこ駅にとまりますかのぉ?」
康「キングス・クロスっす」「マーチン・プレイスだよ。」
  観光客に見えないんかな〜、僕。それにしても初めて乗った電車でいきなり予習の成果が現れ、いい感じ☆ この調子で昔もテスト勉強してたら良かったんだけど(苦笑)。
  とか何とかしてるうちにシティのセンターポイントにあるオフィスに到着。僕が予想外に早く到着したので
さすがのオーストラリア人もビックリ(爆)。早速商談に取り掛かる。
  
"Can I dive TO DIE(today)?"
  と
豪州弁で喋る勇気はやはりとても無く(笑)、まずは誠意を見せる作戦に。そして、何とか一人なら日曜日に予定を組み込めるかもしれないとのこと!ただ送迎の車は定員一杯。どうしても手配不可能で、仕方なく電車で行く羽目に(せっかく無理してもらってんだから文句言うなって!)。とにかくこれで飛べたならいいな、と好調な旅の滑り出しに胸躍る自分。
  「そうそう、GST!」
  明日から導入されるGoods and Service Tax、つまり消費税のために豪州中の物価が明日以降いきなり10%上がるのだが、それを逃れるためダイビング代を今全額払う事にした。写真・ビデオ代込み、¥にして2万5000円といったところか。まずまず、かな(これは後で知ったのだが、僕の地元三重県の鳥羽市でもこの夏期間限定でスカイダイビングできるらしい。ちなみにお値段は税別3万8千円也)。
  そんな訳で買い物(日用品)はこの日のうちに全部済ましちゃおうと、同じセンターポイントのショッピングモール内にあるオリンピック・ストア等を訪ねる。お店の人との話題はGSTネタで決まり。全て済ませて外に出たら、なんとまだ6時だというのに真っ暗!
  「あ、そっか。
だもんね。」

  シドニーの第一印象・・・思ったより街が小汚い。観光地はさすがに綺麗だけど、それ以外は何となく発展途上もしくはアメリカの中小都市化してる(?!)って感じ。オリンピックのことはみんな口にしてるけど、やっぱマイペース人間ばっかやなーとかも感じる。この都市自体、観光客で成り立ってる部分が大きいんじゃなかろうか。人口の面でもヴァイタリティの面でも、東京やNYに比べたら集落って感じかな。でもあくまで「いい意味で」、ね。

  その後周辺のCD屋さん(HMVとかヴァージンとか)を訪ねる。「消費税直前セール!」みたいなのやってると思ったから。案の定やってたんだけど、今CD買っても荷物増えるだけだしねー。CDは値段的に「日本よりは安め」&「ヨーロッパよりはかなり安い」&「物によってはアメリカと同じくらい」ってな感じ(「問い1.これらを高いもの順に並べよ」)。話しそれて、いつもテストの度思ってたけど
初めてコミュニケーション図る人間に対して「命令形」は無いよな。ま、いいけどさ。
  その晩、満を持してAMPタワーに上る。これは一昔前はシドニー・タワーと呼ばれていたもの。今はスポンサーが変わったのだ。NYのメットライフビル(旧パンナムビル)みたいなもんか。そのAMPタワーの高さは324.8mでオーストラリア一&南半球第2位。ちなみにここのスカイ・ツアーというオーストラリアの歴史を辿るアトラクション、なんと客は僕一人だけで係員が4人付くという超VIP待遇だった! こんなんでいいのかしら、AMPタワー。あと、タワーのリフト(英国・豪州語でいわゆるエレベーター)、超おそーい!!
とにかく「遅さ」が違う。これ乗る日本人やアメリカ人は皆同じ事考えてるんだろーなぁ。参考までにどのくらいかかるかというと、ざっと「5分」って感じ。数値的には全然正確じゃないけど、それくらいの時間を感じるってことで分かってもらえるかしら。
  しかしとにもかくにも夜景は格別でした。到着いきなりでシドニーを見下ろしちゃって贅沢な気分。夜景にはちょっとウルサイ僕でも充分合格点上げられますね。夜景評論家として解説すると、ビルのネオンは日本のような青系統が多く、また蛍光灯の白熱色も目立つ。しかし同時にアメリカ的なオレンジの温かい灯りもあって見ごたえアリといったところだろうか。橋たち(複数形)もバッチリ見えるしね。従って高層フェチの私、当然ここでかなりの時間を費やす。望遠鏡がいっぱいあってしかも全部タダなんて、オージーは気前が良いね。そんな中、塔のてっぺんから泊まってるホテルを発見(今思ったら違ったかもしれんが)。この機会にそこまで徒歩で行くことに・・・
  したのはいいが、坂もあるしとにかく風が強い!飛行機降りられん訳だ。でも、30分くらいで宿舎到着。インターネットに繋ぎたかったがなかなか上手くいかない。
  「しゃーない、寝るか。」
  Good night, Sydney. またあした。



SYDNEY, Australia  7月1日土曜日曇り 「あぁ悔恨のオペラハウス・・・」

  G'day, mate! 今日は一日思いっきり観光。キンクロ(キングス・クロス)駅を出発してまず郊外のオリンピック・パークを見学、午後は市内に戻って王立植物園、オペラハウス、ダーリング・ハーバー一帯、スターシティ(カジノ)等を廻った。ところが!・・・これが裏目でなんと今日ダニエル・ハーディングの指揮でシドニー交響楽団のマチネ公演があったことを後で知ったのだ。 ハーディングは若干25歳、将来必ずやベルリン・フィルのシェフ候補の一人になるであろう(早死にしなければ)と僕自身予測している指揮界の俊英。その彼がまさかここシドニーを訪れているなんて!!しかもプログラムには「レオノーレ」序曲第3番、ショスタコの1番のチェロ・コン、シベリウスの6番といった大曲が並んでいた。あぁ、「知らぬが仏」とはよく言ったものだ。冬のシドニーでは7月となった今も音楽シーズン真っ盛りなのであった!このショックはかなり尾をひきそう・・・インターネットとかで調べとけばよかった。「トホホ」とはこんな時にある感嘆詞なんだな、と痛感する。二度と同じ過ちを繰り返さないよう、今後の旅先では音楽会チェックを怠らないようにしたい。以上。



Stadium Australia - World's Largest Olympic Stadium



WOLLONGONG, Australia  7月2日日曜日晴れのち雲り 「木村康人大空に舞う?!の巻」

  高所大好き人間の僕にとって、遥か空の上から飛び降りるいうのは正真正銘の憧れであった。小中学生の頃も2階程度からならよく飛び降りたりしたものだ(あんま関係ないけど)。そして、ついに今日だ。心配された天気も上々、なかなかのスカイダイビング日和である(と勝手に解釈)。シドニー中央駅から電車に乗ること1時間半と少々、僕はウォロンゴンという郊外の町の小さな駅に降り立った。スカイダイビング会社の人は、現場(他に何と言えばよい)のスチュワート・パークという場所は「歩いてスグだよ!」とか言ってたのでとりあえずもらった地図を頼りに歩くが、これが結構な運動になってしまった。昨日おとといと20kmは歩いただろうか、そのせいもあり腰の辺りが痛むっぽい(!)。東京でも歩きっぱなしだったしな。まぁいいか。これもジャンプ一番、回復させるさ。
  ビーチ沿いのなかなかオーストラリアらしい自然豊かな公園に辿り着くと、
  「
おぉ、飛んでる飛んでる!
  ここでやるのか。1回にダイブするのは2人(インストラクターやカメラマンを入れると6人)で、そのグループが全部で8つ。僕はどうやら最後から2組目らしい。インストラクターなしで飛ぶ、つまりタンデムじゃないライセンス所有者2人のグループに何とか組み込んでくれたみたいだ。しかし実際にジャンプするまではかなり時間がありそう。他に何もすることがないんで、とりあえずビーチや公園で自然を感じつつ過ごすことにする。波と戯れる女の子達や沖合いを行く大型船、飛び去っていく鳥の群れ・・・
冬の海岸って、良いな〜
  それにしてもこの大陸には今まで見たこともないような鳥やら植物やらでいっぱいだ。見ていてちっとも飽きない。でもここを世界で最初に訪れたクック船長ご一行、コアラやカンガルーを見た時はきっと今の僕の数百倍は驚いただろうな(本当に見たかどうかは知らない)。ま、それはいいとして、とにかくやたら雲の動きが速い。「ちょっとぐらい雲があった方が写真が映えていいよ。」とスタッフの人は言ってくれるけど・・・。
  いよいよ時間になって、僕とダイバー達は空港へ向けて出発。空港までは車で20分か30分位。そこで僕らは操縦士と落ち合いセスナ機に乗り込んだ。僕が今まで乗ってきた飛行機の中でも最も小さいやつだ。狭いので
男5人皆体育座り。後ろ向きで座って離陸するするというのも初めて。そんな僕のありとあらゆる新鮮な気持ち&しっかりと着込んだ重いダイビング用スーツを、飛行機はどんどん上空へと運んでいく。
  
  眼下の町並みはみるみるうちに小さくなり、あたかも砂場に作ったかのような山々の起伏が次々と目に飛び込んでくる。ホントに大きな地図上を目の前に開けたみたいだ。同時に
芸能人が「コワ〜イ!」と騒ぐのもちょっとだけ分かる気がした。上空4千フィートのパラシュートポイントまで来た。しかしどうやらかなり厚めの雲が張り出してきており、その下では雨も降り出しているようだ。セスナの窓も横に這うように流れる水滴が目立つようになる。じきに降下地点の高度約12000フィートまで達したが、熟練したダイバー達も視界が開けるのを待つばかりで飛べずにたじろいでいる。そこは深い雲の絨毯を抜けた別世界。夕焼けを育む太陽が、神々しくその光を称え辺り一帯を照らし出している。僕を含む若干名は一瞬その美しさに目を奪われたが、同時に皮肉な現実にも直面した。「まさか」とは思ったが・・・。小型機が空港へ引き返し着陸したのはそのわずか数分後だった・・・。
  恐らくこの悔しさは僕の人生の中で三本の指にはいるだろう。
  「前のグループの人たちは飛べたのに、なんで!?!」 
  正にやるせない気持ち。ぶつける場所のない怒り。神様がいるとしたら、僕に意地悪をしているとしか考えられない、そんな感覚。
  「明日飛べへんの?!」
  僕は絶対に無理とは分かっていても、ただただそんな質問を人にするしか方法が見つからなかった。泣かなかったけど、本当泣きたい気分だった。気付いたらやはりそれまでの天気からは考えられない雨が降り出していた。冷たい雨を含んで、重いスーツはさらに重くなった。向かえに来てくれたバンに乗って、僕らは落下地点となるはずであったスチュワート・パークへとハイウェイをひた走った。
  
  公園に帰った僕らは、迎えてくれた他のスタッフたちと残念パーティーみたいな感じでビールで乾杯した。
  「こういうこともあるさ。」
  皆言ってくれる。僕はこれはもう運命として受け止めよう、明日の朝は大人しく東南アジアに旅立とう、そう割り切るように務めた。雨が降ったり止んだりの不安定な天気。これだからな、冬のシドニーは・・・。
  ふとした瞬間、明るく振舞う僕の目の前に、雲の切れ間から初めての美しい南の星空が覗いていた。そしてその中。
  「
南十字星??
  その通りだった。僕が長年見ることを夢にしてきた、小さいながら1等星を複数個含む、南半球でしか見られない星座。昔から船乗りたちの守り神とされてきた、オセアニア諸国の国旗にも入っている南十字座、いわゆるサザンクロスだ。気さくなオージーは、「あの上下の星を結んだ縦の線を4倍半した点がちょうど真南の方角なんだよ。」と優しく教えてくれた。これも神様のイタズラかもしれない。僕はようやく夢叶って見られた5つ星に誓った。「
オレは必ず飛んでやる」と。それからしばらくして僕はスタッフの人たちと再会を誓い合い、返金の手続きも済ませその場を後にした。
  駅まで送ってもらう車の中で、あるインストラクターの人は言ってくれた。
  「これは自然と密着しているスポーツなんだ。だから風が強かったら飛べないし、雲が厚かったりしてもダメ。全てが上手く噛み合わないといけない。けど、だからこそスカイダイビングはやりがいがあるんだよ。」
  心の中に、一種の充実感とも言うべきほのかな感情が湧きあがってきた。妙に納得というかせいせいしたというか、とりあえず僕は今日ここに来てよかったと思った。さようなら、シドニー。またいつの日か。.


In the Plane, Ready to Dive!





そして舞台はアジアの地へ。木村康人東南アジア初上陸。




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